The Science of Running:中長距離走の運動生理学と練習メニューの考え方
筆者はSteve Magnessさんという、中長距離走のコーチです。運動科学の修士号を持っています。2019年世界陸上ドーハ大会の女子マラソン6位は、41歳のアメリカのフルタイム勤務の看護師でしたが、Steve Magnessさんが指導したそうです。
『The Science of Running』の序文
市民ランナー向けではなく、トップレベルのランナー向けの本である。
現場のコーチと実験室の科学のギャップを埋めたい。
ということが書かれています。
『The Science of Running』の前書き
再び、現場のコーチと実験室の科学のギャップを埋めたい。
レナート・カノーバは筋繊維の動員に関する知識をもとに、ヒルスプリントと筋力持久力サーキットを用いて、持久力を伸ばすメソッドを開発した。
科学を知れば「まね」から開放される。
ということが書かれています。
My Rules of Everything
私達には、以下のような傾向があるとします。
1.新しいアイディアは最初は過剰に強調され、やがて本来の位置に戻る
2.研究は測定方法次第で良し悪しが決まる
3.測定できることやわかっていることを重要視しすぎる一方で、測定できないことやわかっていないことを無視する
4.実際に存在するスペクトル(連続的な変化)ではなく、絶対的なものやどちらか一方で考える。
5.人体(およびその他ほとんどすべてのもの)の複雑さを過小評価している。
6.自分の視点で物事を見て分析し、自分の知識ベースの強みを強調しすぎる。
7.すべてのものは周期的に生まれては消えていく。
8.極端な見方をすることは良いことではない。
トレーニングのルール
1.維持くらいなら強化より簡単
2.トレーニングの目的は過去に行われたことの上に構築すること
3.すべてを進化させる
4.バランスをとる
5.個別指導する
『The Science of Running』の第一部 中長距離走の科学
1.ランニングの仕組み
能動的力学…筋肉を積極的に動かし、筋肉の収縮によって力を発生させる
受動的力学…筋肉や腱、靭帯などの身体がバネのように働き、足が地面に衝突したときのエネルギーを一時的に蓄える仕組み
脳、中枢神経系が運動が始まる場所。
その後は、高校生物のようなことが書かれています。
反応に関わる酵素はトレーニング可能。
速筋を遅筋に変えることは可能だが、長い年月のトレーニングが必要。これが、通学で走っているアフリカ人が長距離で成功している1つだろう。
走る時にすべての筋繊維を動員できるわけではない。(その逆が火事場の馬鹿力。)
トレーニングにより、動員を増やせる。
受動的力学を享受するために、フォームが重要。
能動的力学のみが考えられがち。
2.疲労は味方か敵か?
疲労は体を守るためのメカニズム。
体が好む自然な平衡状態であるホメオスタシス(恒常性)をはるかに超えてしまっているから。
速筋線維が多いほど、力は大きいが、疲労耐性は低くなる。
3.脳:マスターコントローラー
「2.疲労は味方か敵か?」で述べた「疲労は体を守るためのメカニズム」について、脳の観点から論じています。
4.酸素の問題?
酸素の運搬に問題がある選手もいれば、利用に問題がある選手もいる。
どの段階を改善するかが大切。
VO2max(最大酸素摂取量)はそこまで重要ではない。
5.VO2maxについての誤った考え
トレーニング強度の基準にVO2maxを使うのはふさわしくない。
VO2maxの向上を目指すべきでもない。
6.乳酸、酸、その他の副産物
筆者が考えるLTを引き上げるトレーニングが書かれています。
また、Renato Canovaの研究によるMaximum Lactate Steady State(ケニアのエリートランナーが5kmや10kmのレース中に血中乳酸濃度を安定している状態)の養成のしかたが書かれています。
7.効率性
ランニングエコノミーについて書かれています。
アキレス腱は運動エネルギーの35%を貯蔵し、足のアーチにある腱は17%を貯蔵する。
(当たり前だが)走るフォームが大切。
長距離ランナーも、ランニングエコノミーを高めるために、ホップ、ジャンプ、バウンドなどのリアクティブ・プライオメトリック・トレーニングが有効。
また、60~100mほどの加速走も有効。
頻繁にトレーニングしている速度で走る方が効率的。
つまり、レース前はレースペースの練習を多く入れる、ということでしょう。
接地のフォアフットストライク、ミッドフットストライク、ヒールストライクについて考察しています。
8.脳と筋肉の関係性
トレーニングにより速筋から遅筋に変化する可能性はある。
これは、長距離ランナーがスプリントやパワー系のアスリートに比べて、パフォーマンスのピークに達するのが遅い傾向にあることを部分的に説明できる。
内的動機、外的動機の両方が大切
アスリートは苦痛に耐える力が大きい
9.トレーニングの遺伝学
トレーニング刺激→メッセンジャー→シグナル伝達経路→遺伝的な反応→機能的な適応
という順序でトレーニングとその効果が現れる、という難しい話が書いてあります。
ミトコンドリアの発達を意図しても、複数のトレーニングの方法がある、ということでしょう。
10.トレーニングの適応性に関する理論
疲労→ストレスに対する「警報」→回復→適応→トレーニング前よりパフォーマンスが高まる
トレーニング負荷は低すぎても高すぎても適応が少なくなる
刺激に対する適応は個人個人で異なる
11.トレーニングの量と強度
コーチは科学的研究がトレーニングについて何を言っているのかを理解することが大切。
科学的研究が言っていることがなぜ多くのコーチが推奨していることと違うのかが、さらに大切。
十分なトレーニングを積んだランナーが、LT付近の強度のトレーニングをすると、VO2MAXは向上しないが、LTは向上する。
実験からも、中長距離の常識通り、高強度のトレーニングをする前に、適度な強度の土台(中長距離ランナーなら、まずまずのペースで90分ほどJogしても、そこまで疲労を残さないような基礎体力でしょう。)を築くべき。
ミトコンドリアの生合成につながる適応を達成するには2つの全く異なる方法がある。このことは、これらの適応を最大化するためには、両方の刺激が必要であり、個人やそのトレーニング状況によっては、一方の経路が他方よりも活性化しにくい場合があるということを示唆している。
トレーニングの目的は、目標とするペースで走れる期間を、レース本番の距離に達するまで延長すること。
12.トレーニングの期分け
期分けとは、期間ごとにトレーニングの重点や目標を変更するプロセス。
線形モデル…リディアードが行った、有酸素ランニング→ヒルトレーニング→トラックトレーニング、と徐々に短く、速く、研ぎ澄ましてゆく期分け。
漏斗モデル…専門とする距離のレースペースに向けて、長くゆっくりの側と、短く速くの側と、両方からアプローチする期分け。レナト・カノーヴァ(Renato Canova)などが用いている。
13.私達はここ(運動生理学)からどこへ行くのか?
科学者とコーチの違い、研究を現実の世界に適用する際の問題点、などが書かれています。
『The Science of Running』の第2部 トレーニングのしかた
14.トレーニングの哲学
コーチが知っておくべき3つの重要な要素
1. 求めているトレーニング適応。
2. どのような刺激がその適応につながるのか?
3. どのくらいの量で十分なのか?
15.私達は何を達成しようとしているのか?
前半は、再び、疲労について書かれています。
すべての走スピードはつながっている。私達はトレーニングを個別に考えがちだが、すべての走スピードの間には大きな相互作用がある。つまり、分類は、専門種目のレースペースから始まり、連続性のあるものとして考えるべき。それぞれのトレーニング強度は、前後の強度をサポートする。
Recovery
General Endurance…専門より3つ長いレースペース
Aerobic Support…専門より2つ長いレースペース
Direct Endurance Support…専門より1つ長いレースペース
Specific…専門のレースペース
Direct Speed Support…専門より1つ短いレースペース
Anaerobic Support…専門より2つ短いレースペース
General Speed…専門より3つ短いレースペース
Neuromuscular
トレーニングのペースごとに微妙に異なる刺激が与えられ、異なる適応が得られるので、例えば、LT走と、専門のレースのペースのみ、など特定のペースの練習のみにするのは望ましくない。
従来、トレーニングは、ゆっくり長く→速く短くの順番で行うとされてきた。
しかし、本書では、専門種目のレースペースをピラミッドの頂点として、ピラミッドの土台には、ゆっくり長くと速く短くがある。たとえば、スピード持久力を養成するためには、純スピードが必要。
ただし、本記事の筆者の私見だが、本書のようなピラミッドでうまくいくためには、相当の体力、たとえば5000mで男子だと15分台、が必要で、そうでない場合、従来のピラミッドモデルが良いのではないかと思われる。体力がない選手の場合、ゆっくり長くと速く短くを同時期に両立させるのは困難で、目的が達成できない可能性が高い。また、故障のリスクも高い。
16.練習メニューを創る、操る
1.適応と方向性
2.向上か維持か
3.過負荷の度合い
17.トレーニングを個人に合わせる
個々人が、速筋寄りか遅筋寄りかでの、トレーニングの違いについて書かれています。
ただし、本記事の筆者の私見ですが、本書はエリートランナー向けであり、並の中長距離選手は、とりあえず90分ほどJogできる体力をつけるのは大前提だと思います。あとは、長めのトラック練習は、5000mのレースペースを基準にペース設定をすれば、本書に書いてあるような練習になると思います。
18.練習メニューを定義する
steady running
マラソンペースより5~10%遅い。会話はできるが息継ぎが必要になる。
easy running
マラソンペースより25%ほど遅い。楽に会話ができる。
Strides(流し)
100~150m程度を、十分な回復をしながら、1500m~5000mのレースペースで速いスピードでくり返す。
有酸素ランニングが多い時期にスピードを維持する、良い動き、速筋繊維の動員、翌日の練習のために筋肉の適度な緊張を保つ、などが目的。
Surges(急上昇、波)
有酸素ランニングの途中で行うStrides。5000mのレースペースかそれより速く、15~60秒行う。
レースペースへのスムーズな移行。ペース変化のときに速筋を動員する訓練。
たとえば、10kmの有酸素ランニングの途中で
30″×6 2’30”空けて
45″×6 2’15″空けて
60″×6 2’00″空けて
Pickups
ランニングの終盤にペースを徐々に持続的に上げていく。最後の2~10分をマラソンペース、LTペースまで上げる。
Progressions
Easy→マラソンペースかやや速いまで上げる。
トラックでのインターバルで徐々に上げる。
Alternations(交互)
速い区間と遅い区間を交互に走る。
スピードや距離により、800m~マラソン用に使える。
目的は、遅い区間もそれなりのスピードで走ることにより、乳酸の使い方を訓練するなど。
たとえば、5000m向けには
900(5000RP)700(steady)×4 など。
Combo Workouts
2つ以上の異なるタイプのワークアウトや強度を組み合わせたもの。たとえば、
LT走20分+スプリント10秒×6
など。移行期や維持(維持は向上よりはるかに簡単の原則)に使う。
Blend Workouts
2つ以上の異なる走スピード度が混ざっているもの。たとえば、
1000、400、900、300、800、200を長い距離を5000mRPで、短い距離を1500mRPで、間は3分レスト。
ボトムアップとトップダウン
ボトムアップは、インターバル走で、レースペースで走り、続けて走る距離を徐々に伸ばす。
トップダウンは、インターバル走で、続けて走る距離はそのままで、ペースをレースペースに向けて上げていく。
リディアード式タイムトライアル
レースの距離を走るなら、2~4%遅くする。
レースペースで走るなら、距離を3/4ほどにする。
19.すべてをまとめる:期分け
1シーズン内のみの期分けだけでなく、選手のキャリアを通しての期分けについても語られます。
後半は、適度な筋肉の緊張について語られます。
20.それぞれの種目のトレーニング
800m、1500m、5000m、10000m、マラソンの具体的な練習メニューと考え方が述べられています。スピード側から、持久側から、専門種目のレースペース、メンテナンスというアプローチがされています。
21.筋力トレーニングのしかた
筋持久力について、「General Strength Endurance」「High Intensity Strength Endurance」に分けて述べています。
その後は、いわゆる筋トレについて述べています。
鍛錬期
週2回、フルスクワットとクリーン、4~5回を2セット
試合準備期
週1~2回、スクワットジャンプ(体重の30%のバーベル)+スタンディングロングジャンプ(体重の20%のダンベル)+ボックスジャンプ(体重の10~15%のダンベル)を6~10回ずつ(レスト30~90秒)を2セット(セット間3~4分)
後期試合準備期
週1回、スタンディングロングジャンプ+ボックスジャンプ+片足スクワットジャンプを6~10回ずつ(レスト30~90秒)を1セット
両足leg hop+両足tuck jumpを5回ずつ1セット
試合期
週1回、両足leg hop+片足leg hop+バウンディングを6~8回ずつ1セット
ピーキング時
何もしないか維持する程度。
ラストスパートの鍛え方、5000mのレースにおける乳酸定常状態の作り方(エリート向けらしい)についても述べています。
22.ランニングのバイオメカニクス
走りの動きについて述べられています。
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